黒湯の話
今回は、趣向を少しかえて、東京の温泉についてです。
現在800軒あるといわれている東京の銭湯。その中に、通常の銭湯の料金(450円)で、天然の温泉が楽しめる銭湯が、50軒以上あります。武蔵小山にも、天然温泉につかれる最新の温泉銭湯があり、都内各地から温泉好きの人がやってきています。
温泉、というと、硫黄(いおう)の匂いや白っぽい濁り湯(にごりゆ)を思い浮かべる方もいらっしゃるでしょうが、東京の温泉は「黒湯」と言われる、黒いお湯が特徴です。東京でも温泉が湧き出すということにまずおどろきますが、その色を見て二度びっくり、というほど黒いお湯なのです。
東京で、『黒湯』と書かれた銭湯では、地下から温泉をくみ上げています。コーヒー色の湯船におそるおそる入ってみると…手を10センチ沈めると、見えなくなるほどのにごり。お湯はトロッとしていて臭みがなく、風呂から上がるとお肌はサラッとして、いつまでも体がぽかぽか温かいまま。冬にこのお湯につかると体が温まって冷めないのはもちろん、夏でも朝風呂に黒湯につかると、サラサラした肌の感触で一日中快適に過ごせる、と評判です。
この温泉は、200万年も前、植物が、バクテリア(自然界にいる菌)によってまず大きく分解され、残った物質が地中でゆっくりゆっくり分解されて、フミンという有機物になります。それがお湯に溶け込んで、黒っぽい色に見えるのです。温泉のお湯は、くみ上げたらすぐにミネラル分などの栄養がなくなってしまうのですが、このフミンが、いろんなミネラルと結びついて、お湯をくみ上げた後も長い間新鮮なままで、入浴する人に栄養を与えてくれます。入るとお肌が柔らかくなり、また、殺菌効果もあるので、黒湯は銭湯にはもってこいのお湯なのです。
大昔の関東平野は、もともと堅い岩盤(がんばん)でした。ヒトの祖先が出現したといわれる約200万年前ごろ、その岩盤が沈みこみはじめて、ちょうど鍋のような形になりました。そのあと、氷河期・間氷期(かんぴょうき)が何度もやってきて、海の水位が上がったり下がったりし、東京湾は大きくなったり陸地になったりを繰り返したそうです。その間に凹んだ岩盤の上に、川から運ばれた土が堆積しました(上総層群:かずさそうぐん、と言うそうです)。
黒湯の多く出る品川・大田地域は、ちょうど100~200万年前の東京湾の「へり」でした。そこに生えていた海辺の植物が、次第に上総層群の中に堆積していって、それが長い間に黒湯となりました。硬い岩盤が鍋の底のように下にあるので、お湯が逃げずに保たれたまま、今200m下の地層から黒い温泉となって湧き出しているのです。
日本は4つのプレートがぶつかってできた、はげしい地形の変化をくりかえす国です。最近もいろんな災害でそれを思い知ることになりましたが、一方、地形の変化のおかげで、都市でもこのような温泉の恩恵にあずかることができます。ぜひ気軽に、200万年の歴史を経て湧き出した、黒湯をじっくり味わってみてはいかがでしょうか。
(文章・写真: WOREC Co.,Ltd)
